エモとスクリーモ、何が違うのか──「わからない」と言われ続けてきた2つのジャンルの正体
この記事でわかること
- 01.「エモとスクリーモって何が違うの?」という疑問は、専門家の間でも長年「わからない」とされてきた。
- 02.1980年代のワシントンD.C.から始まる歴史を辿りながら、2つのジャンルの輪郭を解きほぐす。
- 03.My Chemical Romance、The Used、Sunny Day Real Estateを軸に、結局どう聴き分ければいいのかを考察。
「エモとスクリーモって何が違うんですか?」
この質問に、自信を持って即答できる人間にこれまで何人会ったことがあるか考えてみたが、正直に言うとほとんどいない。
Yahoo!知恵袋には「エモ、スクリーモ、ハードコアの違いを教えてください」という質問が何年も投稿され続けている。
海外の専門メディアでさえ、この2つの言葉を厳密に区別するのに苦労している。
面白いことに、当のミュージシャン自身がこの言葉を拒絶しているケースも多い。
Rites of Springのギタリスト、ガイ・ピッチョットは「エモ」という呼び方を「馬鹿げている」と公言している。
「バッド・ブレインズは感情的じゃなかったのか?彼らはロボットだったのか?」という彼の反論は、このジャンル名が抱える根本的な矛盾を物語っている。
今回はその「わからない」の正体に、できる限り正面から向き合いたい。
エモの誕生──ワシントンD.C.の怒りから生まれた感情
エモの起源は1980年代半ば、ワシントンD.C.のハードコアパンクシーンにある。
当初「エモーショナル・ハードコア」「エモコア」と呼ばれたこの音楽性を切り開いたのが、Rites of SpringとEmbraceという2つのバンドだ。
ハードコアパンクが社会への怒りや政治的な抗議を歌っていたのに対し、Rites of Springは個人的な痛み、失恋、人間嫌い、内面の葛藤といった、より私的でナイーブなテーマに焦点を移した。
ガイ・ピッチョットの「ひび割れた、ほとんど取り乱したような」ボーカルスタイルが、この新しい感情的な感覚を最もよく捉えていたと評されている。
1990年代に入ると、シアトルのSunny Day Real EstateやシカゴのCap’n Jazz、The Promise Ringといったバンドが、よりメロディアスでインディーロック的な方向へエモを発展させていった。
Sunny Day Real Estateの1994年のアルバム『Diary』は、後に「エモの青写真」と評されるほど重要な作品になった。
スクリーモの誕生──エモがさらに激しくなった瞬間
スクリーモという言葉は、エモという土台の上に「スクリーム(叫び)」を組み合わせた音楽性を指す。
その起源は1991年、サンディエゴのバンド「Heroin」に遡るとされている。
スクリーモの特徴は、歌うボーカルと絶叫するボーカルを使い分けながら、より攻撃的でカオティックな演奏スタイルを取ることだ。
90年代のスクリーモバンド(Saetia、Orchid、pg.99など)は後年「skramz」という別の呼び方で区別されるようになった。
これは、知識のない自称スクリーモバンドと自分たちを分離したいという当事者たちの意図から生まれた呼称だとされている。
2000年代に入ると、The UsedやThursdayといったバンドが、歌唱と絶叫を使い分けるスタイルを商業的な成功に結びつけた。
一方でこの頃から、より「メタル」や「ハードコア」色の強いバンドもスクリーモと呼ばれるようになり、メタルコアとの境界線がさらに曖昧になっていった。
2000年代の大ブレイク──My Chemical Romanceという分岐点
2001年9月11日のワールドトレードセンターの惨事を目撃したジェラルド・ウェイが結成したMy Chemical Romanceは、エモが主流文化へ躍り出る最大の起点になった。
興味深いのは、このバンドの音楽的変化そのものが「エモの境界の曖昧さ」を体現していることだ。
デビュー作はRites of SpringやTexas Is the Reasonに近いサウンドだったが、2004年の『Three Cheers for Sweet Revenge』で独自のスタイルを確立し、2006年の『The Black Parade』でゴシック的な劇場型ポップへと進化した。
同じバンドが活動の中でエモのいくつもの側面を通過していった、という事実が、このジャンルを定義することの難しさをよく示している。
同時期、Fall Out Boy、Paramore、Panic! at the DiscoといったバンドがMTVを通じて主流文化に進出し、「モール・エモ」と呼ばれる現象を生んだ。
スキニージーンズ、アイライナー、黒く染めた前髪──ファッションとしての「エモ」が音楽の定義以上に大きな文化的存在になっていった。
当事者たちの「拒絶」が物語ること
このジャンルの定義の難しさを最もよく表しているのが、ミュージシャン自身による「エモ」という呼称への拒絶反応の多さだ。
Fugaziのイアン・マッケイは、自分たちのバンドが「エモコア」と呼ばれた記事を読んで、ライブ中に「俺の人生で聞いた最も馬鹿げた言葉だ」と発言した。
Sunny Day Real Estateのメンバーも、自分たちは単純に「ロックバンド」だと考えていると語り、当時「エモコア」という言葉はバンドへの最大の侮辱だったと振り返っている。
AFIのデイヴィー・ハヴォックは、エモを「奇妙で意味のない言葉」と表現した。
つまりこのジャンルは、当事者でさえ「自分がそのジャンルに属している」と認識していないことが珍しくない、という独特な事情を抱えている。
サウンドの違いを、それでも言葉にするなら
ここまでの歴史を踏まえて、便宜的な違いを挙げるとすればこうなる。
| エモ | スクリーモ | |
|---|---|---|
| ボーカル | 歌うことが基本、感情的な歌唱 | 絶叫と歌唱を組み合わせる、より激しい |
| テーマ | 失恋、自己嫌悪、孤独、内面の痛み | エモと同様のテーマだが、より混沌とした表現 |
| 演奏スタイル | メロディアス、ハードコアより構造的 | カオティック、攻撃的、ハードコアに近い |
| 代表的なバンド | Sunny Day Real Estate、Jimmy Eat World、Dashboard Confessional | The Used、Saetia、Thursday |
ただし、この表もあくまで「大まかな傾向」だ。
My Chemical Romanceのようにキャリアでエモとスクリーモとポップパンクのすべてをまたいだバンドもいるし、Bring Me the Horizonのように現在は別ジャンルとされながら「エモの精神は失っていない」と語るバンドもいる。
境界線は、いつまでも揺れ動いている。
なぜこんなに混乱するのか
正直な見解を言わせてもらうと、エモとスクリーモがこれほど混乱を招くのは、「ジャンル名が音楽性ではなく、感情の質を指す言葉として始まった」からだと思う。
「エモーショナル」という言葉自体が、特定の音楽的特徴(コード進行やリズム)を意味するのではなく、「どれだけ感情をむき出しにしているか」という主観的な尺度を指している。
だからこそ、時代が進むにつれてその「感情のむき出し方」を持つあらゆるバンドがこの言葉の傘下に入れられ、境界線がどんどん拡張されていった。
地域差(サンディエゴのスクリーモとイースト・コーストのエモ)、時代差(90年代のアンダーグラウンドなスクリーモと2000年代の商業的なスクリーモ)が積み重なった結果、今のような複雑な状況になっている。
結局、どう聴き分ければいいのか
完璧に区別する必要はない。
もし目印が欲しいなら、「歌に絶叫が混ざっていて、演奏がカオティックで激しい」と感じたらスクリーモ、「メロディアスで、歌詞の痛みが前に出ている」と感じたらエモ、という感覚で十分だ。
それ以上の厳密な定義を求めると、当事者のミュージシャンでさえ迷子になる。
大事なのは、Sunny Day Real Estateの繊細さに浸ることも、The Usedの絶叫に身を委ねることも、どちらも同じ「感情を音楽にぶつけたい」という衝動から生まれているということだ。
まず聴くならこの3枚
Sunny Day Real Estate『Diary』(1994年)
「エモの青写真」と評される一枚。
メロディアスなギターと内省的な歌詞の組み合わせを体感できる。
My Chemical Romance『Three Cheers for Sweet Revenge』(2004年)
エモが主流文化へ躍り出た瞬間の記録。
劇場型のドラマ性とエモの感情表現が融合している。
The Used『The Used』(2002年)
スクリーモの商業的な成功を代表する一枚。
歌唱と絶叫の使い分けを最初に体感するならここから。