ブリットポップとは何だったのか──Oasis、Blur、Pulpが鳴らした90年代英国の熱狂
この記事でわかること
- 01.ブリットポップは、1990年代中盤のイギリスで巻き起こった音楽ムーブメントで、明確な音楽ジャンルというより時代の"ムード"を指す言葉。
- 02.Oasis、Blur、Pulpという出自も音楽性も異なる3組が、このムーブメントの中心を担った。
- 03.1995年の「Battle of Britpop」を頂点に盛り上がりを見せたこの熱狂は、90年代後半にかけて徐々に収束していった。
「ブリットポップって名前は知ってるけど、結局何なのか説明できない」。
90年代の洋楽ロックに触れていると、一度はそう感じたことがあるのではないだろうか。
実は、この感覚はある意味で正しい。
ブリットポップは、厳密な音楽ジャンルというよりも、1990年代中盤のイギリスを覆っていた”熱狂そのもの”を指す言葉だからだ。
今回は、その正体を、中心となった3組のバンドとともに解説したい。
ジャンルではなく、”ムード”だった
ブリットポップは、1990年代前半から中盤にかけて、ロンドンやマンチェスターを中心に巻き起こったイギリスのポピュラー音楽ムーブメントだ。
60〜70年代のブリティッシュ・インヴェイジョンやグラム・ロック、パンク・ロックといった「イギリスのロック黄金期」の遺伝子を受け継いだバンドが次々とデビューし、アメリカから輸入されたグランジ・ムーブメントへの一種の回答として、明るくキャッチーで「英国らしさ」を前面に出したサウンドが支持を集めていった。
ただし厄介なのは、Oasisの音楽とBlurの音楽は、実はあまり似ていないという点だ。
労働者階級の熱量で押し切るOasisと、アート・スクール出身の知的な皮肉屋であるBlur。
この2組が同じ「ブリットポップ」という括りで語られること自体が、この言葉が単なるサウンドの分類ではなく、当時のイギリス社会が抱えていた”空気”そのものを指す言葉であったことを物語っている。
Oasis──労働者階級の熱量
1991年、イングランド北部の工業都市マンチェスターで結成されたOasis。
ノエルとリアムのギャラガー兄弟を中心に、労働者階級出身らしい飾らない熱量を武器に、瞬く間にイギリスの若者たちの心を掴んだ。
1994年のデビューアルバム『Definitely Maybe』は当時のイギリス史上最速で売れたデビュー作となり、翌1995年の『(What’s the Story) Morning Glory?』は世界中で2,200万枚以上を売り上げる金字塔となった。
「Live Forever」「Wonderwall」「Don’t Look Back in Anger」といった楽曲は、今もライブでの大合唱が絶えない定番曲として愛され続けている。
Blur──アート・スクールの知性
一方のBlurは、1988年、ロンドンで結成された。
デーモン・アルバーンとグレアム・コクソンは、美術系の大学であるゴールドスミス・カレッジで学んだ仲間たちとバンドを組み、キンクスやビートルズ、XTCといった英国的なギターポップからの影響を音楽に反映させていった。
1994年発表の『Modern Life Is Rubbish』は、アルバーン自身、当時のアメリカ文化の覇権的な広がりへの反動として制作したと語っており、この方向転換がブリットポップの下地を作ることになる。
1994年の『Parklife』は、この時代を象徴する1枚として今も語り継がれている。
Pulp──シェフィールドから来た皮肉屋
Oasis、Blurに比べると結成はずっと早い。
Pulpは1978年、当時15歳だったジャーヴィス・コッカーが、イングランド北部の都市シェフィールドで「アラバカス・パルプ」として結成したバンドだ(経済の授業で学んだ商品先物用語から名付けられたという)。
1980年代は鳴かず飛ばずの時期が長く続いたが、1994年のアルバム『His ‘n’ Hers』が全英トップ10入りしたことで、ようやく注目を集め始める。
Blurのアメリカツアーの前座を務めるなど、ブリットポップの追い風にも乗った。
そして1995年、5thアルバム『Different Class』からのリードシングル「Common People」が英国2位の大ヒットを記録。
この曲は、コッカーがセント・マーティンズ・カレッジで出会った裕福な女性との実体験――労働者階級の暮らしを「エキゾチックなもの」として消費しようとする態度への皮肉――をもとに書かれたものだ。
アルバム自体も全英1位を獲得し、ブリットポップを代表する1枚となった。
1996年のブリット・アワードでは、マイケル・ジャクソンのパフォーマンス中にコッカーが突発的にステージに乱入するという事件も起こしている(暴行の疑いで警察に一時拘束・事情聴取を受けている)。
生粋の皮肉屋らしい、いかにもコッカーらしい一幕だった。
Battle of Britpop、そして収束
1995年8月、Oasisのシングル「Roll with It」とBlurの「Country House」が同日発売され、全英シングルチャート首位を争う”Battle of Britpop”が勃発。
この対決は連日メディアで報じられ、ムーブメントを社会現象にまで押し上げる象徴的な出来事となった。
しかし、その熱狂も長くは続かなかった。90年代後半にかけて、各バンドはそれぞれ独自の方向へと音楽性を広げていき、ムーブメントとしてのブリットポップは徐々に収束していく。
それでも、Oasis、Blur、Pulpという出自も気質もまったく異なる3組が、同じ時代の空気の中で鳴らした音楽は、30年近くが経った今もなお、色褪せることなく語り継がれている。