サニーデイ・サービスはなぜ「青春の音楽」なのか──30年を旅する、曽我部恵一というバンドの軌跡
この記事でわかること
- 01.1992年結成、メジャーデビューから30年以上、曽我部恵一を中心に活動を続けるサニーデイ・サービスの軌跡を辿る。
- 02.渋谷系の時代から「東京」「MUGEN」を経て現在まで、変わり続ける曽我部の音楽と、変わらない「青春」というテーマを読み解く。
- 03.解散と再結成、メンバーとの別れを経てなお鳴り続ける、サニーデイ・サービスという音楽の本質に迫る。
「青春」という言葉を、こんなに正直に音楽にできるバンドが他にいるだろうか。
サニーデイ・サービスを聴くとき、いつもそう思う。
30年以上前に結成されたバンドなのに、今聴いても「若さ」というものの輪郭がそのまま伝わってくる。
それは懐古的な意味じゃない。
むしろ、今の自分の中にまだ残っている何かを、不意に呼び起こされる感覚だ。
今回はサニーデイ・サービスというバンドの軌跡を、結成から現在まで丁寧に辿りたい。
結成──大学生だった曽我部恵一
サニーデイ・サービスは1992年、大学生だった曽我部恵一を中心に結成された。
香川県坂出市出身の曽我部は、中学時代にカルチャー・クラブを聴いたのが洋楽体験の最初で、その後セックス・ピストルズやバズコックスといったパンクバンドに親しみ、高校時代にはブルーハーツの衝撃的なライブを経験している。
立教大学に合格して上京し、音楽サークルで仲間を見つけてバンドを組んだ。
結成当初は曽我部(Vo, G)に加え、片山(Dr)、田中貴(B)、児玉(Key)という編成だった。
インディーズレーベルのアンダーフラワーから「Cosmo Sports e.p.」をリリースし、渋谷系ブームが盛り上がっていた当時の流行を追いかけるようなスタイルで活動していた。
1994年、MIDIからメジャーデビューを果たすが、当初の2枚のシングルは「悪い意味でのポスト・フリッパーズ」と評され、音楽的な評価には繋がらなかった。
この時期、曽我部と田中以外のメンバーとの間に方向性の食い違いが生まれ、メンバーは脱退していった。
再結成──「若者たち」という原点
残った田中貴と、Electric Glass Balloonを脱退した丸山晴茂が加入し、3人体制での再結成が行われた。
1995年4月1日、この新編成での事実上の1stアルバム『若者たち』がリリースされる。
1970年代の邦楽のエッセンスを積極的に受け継ぐスタイルを打ち出したこの作品は、はっぴいえんどをはじめとする日本語ロックの系譜を、90年代のサウンドで鳴らし直すという挑戦だった。
曽我部、田中、丸山という3人の編成が、後にサニーデイ・サービスの「黄金期」と呼ばれる体制の始まりになる。
『東京』──時代の人気者になった瞬間
1996年2月21日リリースの2ndアルバム『東京』は、サニーデイ・サービスを一躍時代の人気者にした作品だ。
「青春狂走曲」(1995年7月21日リリース)や「恋におちたら」(1995年11月21日リリース)といったシングル曲を含むこのアルバムは、ガレージロックやオルタナティブロック、ヒップホップやハウスなど様々な要素を取り入れながら、”東京”という街のイメージをテーマにした多彩なポップスアルバムに仕上がっている。
音楽雑誌『ミュージック・マガジン』が選ぶ「50年の邦楽ベスト100」では38位に選出されており、その評価の高さがうかがえる。
曽我部のソングライターとしての感受性と表現力は、この時代のアーティストの中でも屈指の純度を誇ると評されてきた。
『愛と笑いの夜』から『サニーデイ・サービス』へ──バンドの拡張
1997年1月15日にリリースされた3rdアルバム『愛と笑いの夜 –a Night of Love & Laughter–』は、それまでの「70年代」「はっぴいえんど」というキーワードから一歩離れ、バンドとしてのダイナミズムを獲得した作品だった。
曽我部は後年、このアルバムについて、当時付き合っていた人と別れたことがテーマになっていたと語っている。
そして1997年10月21日、セルフタイトルの4thアルバム『サニーデイ・サービス』がリリースされる。
前作から9ヶ月という短いインターバルでの制作で、ラフで荒々しい演奏が特徴の作品だ。
オリコン初登場7位を記録し、商業的にも音楽的にもひとつのピークを迎えたとされている。
『24時』──混沌のエネルギー
1998年7月15日にリリースされた5thアルバム『24時』は、サニーデイ・サービス最大の問題作にして大作と評されている。
全15曲、80分を超えるボリュームで、曽我部自身がノイローゼ気味だったと振り返るほど混沌とした状況の中で制作された。
菊地成孔がテナーサックスで参加した「ぼくは死ぬのさ」など、追い詰められた当時の曽我部の心情がそのまま音に刻まれている。
「日本のロック史に残るアルバムは?」と聞かれたら、このアルバムを挙げるファンも少なくない。
『MUGEN』──90年代の音楽的最高到達点
1999年10月20日リリースの6thアルバム『MUGEN』は、前作『24時』の混沌から一転、端正に整理された作品となった。
全16曲、82分というボリュームながら、ポップ・アルバムとしての完成度を意識して作られている。
『ミュージック・マガジン』2016年7月号の特集「90年代の邦楽アルバム・ベスト100」では本作が39位に選出され、「90年代のサニーデイが音楽的な最高到達点を記録した作品」と評された。
「渋谷系に対する愛情の裏返しとしてフォークを選び取った初期から、ブリット・ポップなど同時代の音楽をフラットに鳴らした3rdを経て、他の何者でもないサニーデイの文体をここで確立した」という評価がある。
「スロウライダー」(1999年8月18日シングルリリース)はこの時期を代表する楽曲のひとつだ。
解散、そして2008年の再結成
2000年12月8日、サニーデイ・サービスは突然の解散を発表する。
1992年の結成から約8年、メジャーデビューから6年での解散だった。
解散後、田中貴はロックバンド・スクービードゥーのマネージメント業に携わるなど、音楽関係の仕事を続けていた。
曽我部は「一生会うこともないだろう」と思っていたと語っているが、8年後、北海道のライジング・サン・ロックフェスティバルからの出演オファーをきっかけに、その場で再結成が決まったという。
2008年に再結成を果たし、2010年には9年ぶりとなる8thアルバム『本日は晴天なり』をリリース。
完全復活を果たした。
2018年──丸山晴茂の死、そして継続という選択
再結成後、サニーデイ・サービスは『DANCE TO YOU』(2016年)、『Popcorn Ballads』(2017年)といった作品をリリースしていく。しかし2015年夏頃から、ドラマーの丸山晴茂は体調不良によって音楽活動を休むようになり、2016年2月にバンドを離れて療養に入った。
曽我部はすべての活動をキャンセルすべきか迷ったが、サニーデイが続くことを重視し、曽我部と田中の2人にサポートメンバーを迎えた形でライブを継続することを決めた。
2018年5月、丸山晴茂は食道静脈瘤破裂のため死去した。享年47。
曽我部は訃報にあたり、丸山が長年アルコールの問題を抱えていたことを語っている。
同年12月28日には、曽我部と田中の2人による丸山の哀悼ライヴが行われた。
このバンドの歴史を振り返るとき、この出来事に触れずにいることはできない。
30年近く一緒に音を鳴らしてきた仲間を失いながら、それでもバンドは続くことを選んだ。
2020年には一回り下の世代の大工原幹雄を新ドラマーに迎え、新たな出発を果たしている。
今もなお鳴り続ける「青春の音楽」
現在のサニーデイ・サービスは曽我部恵一(Vo, G)、田中貴(B)、大工原幹雄(Dr)の3人で活動を続けている。
2020年11月にはリミックスアルバム『もっといいね!』を発表し、2022年1月には日本テレビ系番組のテーマソング「おみやげを持って」を配信リリースするなど、今も精力的に活動を続けている。
「青春の歌を歌い、青春の音を鳴らすバンド」と評されるサニーデイ・サービスだが、メンバーはもはや「若者」と呼べる年齢ではない。
それでも彼らの音楽は今でも若さの繊細さを文学的に鳴らし続けている。
それは懐古ではなく、「青春」というものが年齢に関係なく人の中に存在し続けることを、このバンドが証明しているからだと思う。
まず聴くならこの3枚
『東京』(1996年2月21日)
サニーデイ入門として最も知られた一枚。
「青春狂走曲」「あじさい」収録。時代を象徴する作品として、まずここから。
『MUGEN』(1999年10月20日)
90年代サニーデイの音楽的到達点と評される一枚。
「スロウライダー」「江ノ島」収録。バンドの成熟を体感できる。
『若者たち』(1995年4月1日)
3人編成での最初のアルバム。
サニーデイ・サービスというバンドの原点に触れたい人はここへ。
| アルバム | リリース日 | 特徴 |
|---|---|---|
| 若者たち | 1995年4月1日 | 3人編成での原点、はっぴいえんどの系譜 |
| 東京 | 1996年2月21日 | 時代の人気者になった代表作、「青春狂走曲」収録 |
| 愛と笑いの夜 | 1997年1月15日 | バンドとしてのダイナミズムを獲得した3rd |
| サニーデイ・サービス | 1997年10月21日 | セルフタイトル、オリコン初登場7位 |
| 24時 | 1998年7月15日 | 混沌のエネルギーが詰まった問題作・大作 |
| MUGEN | 1999年10月20日 | 90年代の音楽的最高到達点と評される |
| 本日は晴天なり | 2010年4月21日 | 再結成後、9年ぶりの完全復活作 |
30年以上の時を経てなお鳴り続ける「青春」の音楽。サニーデイ・サービスをまだ聴いたことがない人には、まずこの3枚を手渡したい。