さんぴんCAMP──1996年、日比谷野音を揺らした日本語ラップ史上最大のイベント
引用元:さんぴんCAMP X
この記事でわかること
- 01.さんぴんCAMP(THUMPIN' CAMP)は、1996年7月7日に東京・日比谷野外音楽堂で開催されたヒップホップイベント。
- 02.ECDは開会にあたり「J-Rapは俺が殺した」と宣言し、当時の日本語ラップシーンの姿勢を象徴づけた。
- 03.LAMP EYE「証言」のステージでは、レコードにはない歌詞やサプライズ出演など、当日限りの出来事が数多く起きていた。
1996年7月7日、東京・日比谷野外音楽堂。
土砂降りの雨の中、ステージに上がったECDが放った一言が、この日をどんなイベントにするかを物語っていた。「J-Rapは俺が殺した!」。
当時、日本語ラップを指す言葉として使われていた「J-RAP」という呼称へのアンチテーゼだった。
歌手のm.c.A・Tが考案したこの言葉を否定してみせることで、偏見視されがちだった日本のヒップホップシーンを、自分たちの手で確立させるという意志を示したのだ。
ショーケースが、前例のない規模に膨らむまで
さんぴんCAMP(THUMPIN’ CAMP)を提唱したのは、ECD。
もともとはレコード会社のショーケースとして始まった企画だったが、「どうせやるなら他のレーベルの連中も全部混ぜて、もっと大きくしよう」という出演者側の提案によって、規模が一気に膨らんでいった。
会場の外でのダンサーのスペース確保については、代々木公園で行われていたブロックパーティ「HIPHOP最高会議」の代表・千葉タカシが協力したと、関係者へのインタビューで振り返られている。
出演したのは、キングギドラ、RHYMESTER、BUDDHA BRAND、LAMP EYE、YOU THE ROCK★、SHAKKAZOMBIE、SOUL SCREAM、MUROなど。ステージでは、RHYMESTER「耳ヲ貸スベキ」、BUDDHA BRAND「人間発電所」、キングギドラ「未確認飛行物体接近中」「空からの力」、MURO「バスドラ発スネア行」など、後に「クラシック」と呼ばれることになる楽曲が次々と披露された。
「証言」というステージで起きていたこと
数ある出演の中でも、とりわけ語り草になっているのがLAMP EYEの「証言」だ。
この曲はもともとVortexからのリリース予定だったが、その話が流れてしまい、ECDが自らお金を貸してレコーディングとプレス代を用立てたという経緯があった。
曲がヒットした後、さんぴんCAMPの会場でその借金が全額返済されたというのは、今も語り継がれるエピソードだ。
さんぴんCAMPでの「証言」のステージには、レコード版とは異なる出来事がいくつも起きていた。
冒頭のRINOのヴァースは、後にCDで採用されることになる歌詞がこの日サプライズで初披露されたもので、多くのファンには逆の順序(CD版が先)と思われがちだが、実際にはさんぴんが初出だったという。
同様に、後半の口笛パートもこの日限りのサプライズだった。
さらに、TWIGYはこの日ジャマイカに滞在していたため不在。
その代わり、それまでステージの後ろでじっと動かなかったDEV LARGEが、自身のパートで突如暴れ出し、ステージのピークを作った。
曲の構成上、本来続くはずの「証言8」は飛ばされ、最後には音源化されていなかったUZIが「証言9」として登場するという、その場限りの展開も起きている。
なぜ伝説になったのか
さんぴんCAMPを実際に目撃したのは、雨の中会場に足を運んだ当日の観客だけだった。
それにもかかわらず全国的な「伝説」として語り継がれるようになったのは、同年12月4日に発売されたVHS『さんピンCAMP The Legend Of Japanese Hip Hop』(発売元:カッティング・エッジ)の存在が大きい。
開催からわずか5カ月というスピードでリリースされたこの映像作品は、現場に行けなかった全国のリスナーのもとに届き、次の世代のラッパーたちにも大きな影響を広げていった。
さんぴんCAMP20、20年後の復活
2016年7月10日、さんぴんCAMPは20年の時を経て、同じ会場である日比谷野外音楽堂で「さんぴんCAMP20」として復活した。
般若、OZROSAURUS、漢 a.k.a. GAMI、サイプレス上野とロベルト吉野、ANARCHY、DARTHREIDERら、次世代を代表するアーティストが出演。
チケットは即座にソールドアウトし、シークレットゲストとしてNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDも登場している。
「証言」を飛ばされた8番手が誰だったのか、今も明確な答えは出ていない。
そんな細部まで語り草になり続けていること自体が、さんぴんCAMPという1日がどれだけ濃密だったかを物語っている。