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Oasis──クリケットバットで殴り合った兄弟が、また38公演をともに回る理由

AKIRA

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2026.09.15 Update

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引用元:ソニーミュージック オフィシャルサイト: Oasis

この記事でわかること

  • 01.Oasisが2027年開催のツアー「Live '27」を発表したが、このバンドはノエルとリアムのギャラガー兄弟による激しい衝突の歴史でも知られている。
  • 02.フェリーでの乱闘、タンバリンやクリケットバットが飛び交う喧嘩、ミュンヘンでの流血沙汰まで、二人の確執は音楽業界屈指のものだった。
  • 03.2009年の解散、2024年の再結成発表を経て、2027年、兄弟は再び大規模なツアーをともに回ることになる。

2027年、Oasisが全38公演という大規模なツアー「Live ’27」を開催する。
このニュースを聞いて驚くべきは、公演数の規模だけではない。
あのノエルとリアムのギャラガー兄弟が、それだけの長丁場をともに乗り切ろうとしていることの方だ。
二人はかつて、タンバリンやクリケットバットが実際に飛び交うほどの喧嘩を繰り返してきた仲だからだ。

フェリーの乱闘から生まれた「14分間の罵り合い」

兄弟の確執が世間に知れ渡るきっかけとなったのは、1994年2月にまで遡る。
Oasisは、当時契約したばかりのソニー・ミュージックの重役が観覧する中、イギリス国外では初となるアムステルダムでのショーを控えていた。
ところがマンチェスターからの夜行フェリーの船内で、リアムが酔って乱闘騒ぎを起こし、その場にいなかったノエルを除くバンド全員が逮捕・国外退去処分となってしまう。

この一件をめぐって、音楽誌NMEの記者がノエルとリアムに取材したインタビューは、罵詈雑言の応酬が延々と続く内容となった。
ノエルは激高してバスルームに立てこもりながらも怒鳴り続け、リアムはセックス・ピストルズやローリング・ストーンズを引き合いに出しながら悪びれる様子もなかったという。
この生々しいやり取りは、後に「Wibbling Rivalry」という14分間の音源として、インディーレーベルFierce Pandaから1995年にシングルリリースされる。
本人たちも公開に同意したこの音源は、イギリスでインタビュー音源としては異例のチャートインを果たした。

皮肉なことに、この騒動と同じ時期に制作が進められていたデビューアルバム『Definitely Maybe』(1994年8月発売)は、当時のイギリス史上最も速いペースで売れたデビューアルバムとなる。
混乱の渦中にありながら、バンドとしての勢いはむしろ加速していった。

タンバリンで殴られた頭

1994年9月、ロサンゼルスでのコンサート中に起きた事件は、その後のOasisを象徴する出来事の一つになった。
ボーカルのリアムが、ステージ上でタンバリンを使って兄ノエルの頭を叩き、バンドと観客に向かって暴言を吐いたのだ。
ノエルは激怒して一時的にバンドを離脱するが、後にツアーへ復帰。
この一連の出来事は、楽曲「Talk Tonight」の着想元になったと語られている。

クリケットバットで殴られた頭

翌1995年春、代表作『(What’s the Story) Morning Glory?』のレコーディング中には、さらに激しい衝突が起きる。
作業中のスタジオにリアムが知人を連れ込み、それに腹を立てたノエルが、手元にあったクリケットバットでリアムの頭を殴りつけたのだ。
この時使われたバットは、後年、真贋証明書付きでオークションにかけられている。
この修羅場の末に完成した『Morning Glory』は、「Wonderwall」「Don’t Look Back in Anger」「Champagne Supernova」を収録し、世界で2,200万枚以上を売り上げる金字塔となった。

1996年8月には、MTV Unpluggedの収録をリアムが喉の痛みを理由に直前でドタキャン。
にもかかわらず本人は観客席に現れ、シャンパンを飲みながらステージ上のノエルに野次を飛ばし続けるという一幕もあった。
楽器を持たずに弟を挑発するあたり、リアムらしいという他ない。
同じ月、Oasisはネブワース・パークで2夜連続の公演を行い、合計25万人を動員する記録的な成功も収めている。

ミュンヘンで歯を失った夜

確執は音楽面だけでなく、実際の暴力沙汰にまで発展することもあった。
2002年発表のアルバム『Heathen Chemistry』を携えたツアーの最中、同年12月、ミュンヘンの五つ星ホテルで、Oasisのメンバーとイタリア人グループとの間で乱闘が発生。
酩酊状態だったリアムは、駆けつけた警官の一人を蹴りつけ、その場で前歯を2本失う大怪我を負った。
ドラムのアラン・ホワイトやツアースタッフら複数人が逮捕され、暴行・器物損壊などの容疑で25万ユーロの保釈金を課される事態となった。
ミュンヘン公演は直前で中止、続くハンブルク公演もリアムの緊急歯科治療のため延期を余儀なくされている。
この一件について、当時ノエルは「彼と直接話してはいない。あれだけのことがあった後に、なぜ話す必要がある?」と突き放すコメントを残していた。

「もう一日も一緒にやれない」

こうした衝突を繰り返しながらも、Oasisはバンドとして大きな成功を積み重ねていった。
しかしその勢いも長くは続かず、2009年8月、パリでのフェスティバル出演直前、楽屋での喧嘩の末にノエルが「これ以上リアムと一緒にやっていくことはできない」と表明し、Oasisは解散する。

解散後、リアムはBeady Eyeを経てソロ活動へ、ノエルはNoel Gallagher’s High Flying Birdsを結成し、それぞれの道を歩んだ。
二人の不仲は解散後も度々報じられ、再結成の可能性は長らく絶望的だと見られていた。

殴り合った兄弟が、また38公演をともに回る

それでも2024年8月27日、15年の沈黙を経て、ギャラガー兄弟は再結成を発表した。
そして2027年、両者は「Live ’27」として、スコットランド・グラスゴーを皮切りにイングランド、ドイツ、スペイン、オランダ、フランス、イタリア、アメリカ、アイルランドをめぐる全38公演を、再びともに回ることになる。

フェリーで乱闘を起こし、タンバリンで頭を叩き、クリケットバットで殴り、ミュンヘンでは血まみれの乱闘騒ぎまで起こしてきた兄弟が、それでも音楽の力によって何度も同じステージに引き戻される。
Oasisというバンドの物語は、その音楽性だけでなく、この矛盾した兄弟関係そのものによって、多くの人を惹きつけ続けているのかもしれない。

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