The Chemical Brothers──マンチェスターのDJ2人が作った「ビッグ・ビート」という発明
この記事でわかること
- 01.The Chemical Brothersは1989年、マンチェスター大学で出会ったトム・ロウランズとエド・シモンズによる英国のエレクトロニック・デュオ。
- 02.1995年のデビューアルバム『Exit Planet Dust』で「ビッグ・ビート」というジャンルを確立し、以降6つのグラミー賞を獲得してきた。
- 03.1996年のシングル「Setting Sun」には、Oasisのノエル・ギャラガーがボーカルとして参加している。
ヒップホップのブレイクビーツと、アシッド・テクノの音色を掛け合わせる。
そんな単純だが強力な発想から、1990年代、新しいダンスミュージックのジャンルが生まれた。
「ビッグ・ビート」だ。
その中心にいたのが、The Chemical Brothersというマンチェスター出身の2人組だった。
マンチェスター大学で出会った2人
The Chemical Brothersは1989年、マンチェスター大学でトム・ロウランズ(1971年1月11日生まれ、オックスフォードシャー出身)とエド・シモンズ(1970年6月9日生まれ、ロンドン出身)が出会ったことから始まった。
2人ともヒップホップのファンで、当時マンチェスターで隆盛を極めていた”マッドチェスター”レイヴシーンに没頭していく。
ロウランズは、音楽シーンへの没入を求めて、あえてマンチェスター大学を選んだという。
1992年、2人はパブの奥にあった小さなクラブ「Naked Under Leather」で、”237 Turbo Nutters”(自分たちが住んでいたディッケンソン通りの家の番号にちなんだ名前)というエイリアスでDJ活動を開始。
当初は「The Dust Brothers」という名義で活動していたが、同名のアメリカのプロデュース・デュオがすでに存在していたため、1995年、現在の「The Chemical Brothers」に改名した。
1994年からは、ロンドンの人気クラブ「Heavenly Social」でレジデントDJを務めている。
『Exit Planet Dust』とビッグ・ビートの誕生
1995年、デビューアルバム『Exit Planet Dust』を発表。
世界中で100万枚以上を売り上げるヒットとなった。
ヒップホップのブレイクビーツと、ローランドTB-303のシンセベースが歪んだギターのように響くアシッド・サウンドを組み合わせたこの作品は、収録曲「Chemical Beats」とともに、後に「ビッグ・ビート」と呼ばれるジャンルの基盤を作った。
The Prodigy、Fatboy Slim、アメリカのThe Crystal Methodらとともに、The Chemical Brothersはこのジャンルをポップカルチャーの最前線に押し上げたパイオニアの一組として位置づけられている。
ノエル・ギャラガーが歌った「Setting Sun」
1996年発表のシングル「Setting Sun」は、Oasisのノエル・ギャラガーがボーカルとして参加し、ロウランズ・シモンズとともに作詞作曲も手がけた楽曲だ。
イギリス国内でのラジオ露出はほとんどなかったにもかかわらず、発売初週だけで9万9000枚を売り上げ、全英シングルチャートで1位を獲得している。
同曲を収録した2ndアルバム『Dig Your Own Hole』(1997年)も全英アルバムチャート1位を記録し、Virgin Recordsとの契約のもとでバンドの成功はさらに広がっていった。
続くシングル「Block Rockin’ Beats」は、後にグラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞を受賞している。
6つのグラミー賞、そしてTOMORAへ
The Chemical Brothersはこれまでに、「Galvanize」での最優秀ダンス・レコーディング賞、2018年発表の『No Geography』での最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞を含む、合計6つのグラミー賞を受賞している。
1989年の出会いから30年以上が経った今も、2人は現役のエレクトロニック・デュオとして活動を続けている。
近年ではオーロラとトム・ロウランズによるユニット「TOMORA」というスピンオフ・プロジェクトも生まれるなど、ロウランズの創作意欲はバンドの枠を超えて広がり続けている。
マンチェスターの小さなクラブから始まった2人のDJ活動が、ジャンルそのものを塗り替える発明にまで育っていった。The Chemical Brothersの歩みは、その好例と言えるだろう。