MUSINA

ビースティ・ボーイズ──解散から14年、マイクDが放つ初のフルアルバム

NARI

NARI

2026.09.09 Update

Xでシェア
URLをコピー

引用元:ユニバーサルミュージック : ビースティボーイズ

この記事でわかること

  • 01.ビースティ・ボーイズは1978年、ニューヨークのハードコアパンクシーンから生まれ、後にヒップホップへ転向したグループ。
  • 02.2012年のMCA逝去を経て解散状態となったが、2026年8月、マイクDが初のソロフルアルバム『Thank You』を発表。
  • 03.本作は2011年『Hot Sauce Committee Part Two』以来となる、メンバーによる初のフルレングス作品となる。

2011年のアルバム『Hot Sauce Committee Part Two』以来、ビースティ・ボーイズのメンバーによるフルレングス作品が世に出ることはなかった。
2012年、メンバーのMCAがこの世を去り、バンドは事実上の終止符を打ったからだ。
あれから14年、マイクDが初めてのソロ・フルアルバムを発表した。改めて、このグループの歩みと、今回のソロ作を振り返りたい。

パンクからヒップホップへ

ビースティ・ボーイズは1978年、ニューヨークで結成された。
当初はハードコアパンクバンドとしての活動で、マイケル・”マイクD”・ダイアモンド(Vo・Dr)、ジョン・ベリー(Gt)、ケイト・シェレンバックのメンバーが在籍していた。
1981年、ベーシストの脱退にともないアダム・”MCA”・ヤウクが加入し、バンド名を「ビースティ・ボーイズ」に改める。
まもなくベリーが脱退し、アダム・”アドロック”・ホロヴィッツがギタリストとして後任に入った。

1983年の実験的なヒップホップ・シングル「Cooky Puss」でローカルな成功を収めると、グループはヒップホップへの完全な転向を果たし、シェレンバックが脱退(後にラシャス・ジャクソンを結成)。
マイクD、MCA、アドロックの3人体制が確立された。

白人ラップという異物

1985年、マドンナのツアーに帯同し知名度を上げると、翌1986年、デフ・ジャムよりデビューアルバム『Licensed to Ill』をリリース。
プロデュースを手がけたのはリック・ルービンだ。
このアルバムはラップ・レコードとして史上初めてビルボード200で首位を獲得する快挙を成し遂げた。
しかし、ルービンとの創作面での対立から、デフ・ジャムからリリースされたアルバムはこの1作のみとなり、グループはキャピトル・レコードへと移籍する。

1989年発表の2ndアルバム『Paul’s Boutique』は、ロサンゼルスで制作され、膨大なサンプリングを駆使した傑作として今なお高く評価されている。
1992年の『Check Your Head』からは自身のレーベル「グランド・ロイヤル」を発足させ、1994年の『Ill Communication』、1998年の『Hello Nasty』と、ジャンルを横断しながら独自の音楽性を確立していった。

突然の終わり、そして14年の沈黙

2004年の『To the 5 Boroughs』、2007年の『The Mix-Up』を経て、2011年、『Hot Sauce Committee Part Two』をリリース。
しかし翌2012年、メンバーのMCAが病により逝去。
グループとしての活動はここで事実上終わりを迎えた。

それから14年。
マイクDは、初となるソロ・フルアルバム『Thank You』を2026年8月28日にリリースした。
ビースティ・ボーイズのメンバーによるフルレングス作品としては、2011年の『Hot Sauce Committee Part Two』以来となる。
制作は、自身の息子であるデイヴィス・ダイアモンドとスカイラー・ダイアモンドとのセッションを皮切りにスタート。
カーター・ラング、ジャレッド・ソロモン、ジンら多彩なコラボレーターを迎え、プレッシャーのない自由な環境の中で作り上げられたという。

『Thank You』が鳴らす、ジャンルの遊び場

全12曲収録の『Thank You』は、アナログ・シンセサイザーを軸に、インダストリアル・ビートやダブ、ブレイクビーツを取り入れたサウンドが特徴だ。
先行シングル「Switch Up」はニューヨーク・タイムズ紙から「遊び心あふれる、ビート主体のコラージュ」と評され、「What We Got」はOkayplayerから「クラシックで、派手で、にぎやかなエネルギーに満ちている」と称された。
金融詐欺や強欲をテーマにした「Crypto」など、マイクD自身の視点が色濃く反映された楽曲も収録されている。

アルバム発売後、マイクDは息子2人を含むバックバンド「5D」を率いてツアーも開催した。
かつて白人ラップという異物として音楽シーンに切り込んだビースティ・ボーイズの一員が、ジャンルの垣根を超えた「音の遊び場」として、今なお創作を続けている。
その事実こそが、このグループが遺したものの大きさを物語っている。

Read Next

NEWSLETTER

新しい音楽との出会いを
毎週お届けします

MUSINA編集部が厳選した「今週聴くべき新譜」や、特集記事の裏話などをニュースレターで無料配信中。